旅する先生

とある中学校のどこかの個別支援学級の担任。世界一周を企みながら今日も今日とて先生してます。

学校っていう呪縛

どうもそーすけです。
今日は特別支援学校高等部に卒業生の情報交換をするっていう出張でした。みんな元気で楽しんでるっていう話と、相変わらず困ってる部分があるって話、両方ともできました。

 

 

元気でのびのび生きていく。
これ以上素晴らしいことはないねー。

 

 

成長した卒業生にまた会ったとき、自分の姿はどう写るんでしょうね


実は先生ってこんなもんやーって思うのかな
それともやっぱり先生なんやーって思うのかな

 

 

 

 

それでもやっぱり、自分は口うるさいこと言うてしまうんやろうな

 

 

まあなんにしろ成長が楽しみってことほど幸せなもんはない!
歳をとることが楽しみになる

 

いい歳のとりかた、していこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、学校の呪縛って話でもしましょうか?

 

きっとこういうブログを読んでる方は、自分で判断していろんなことに挑戦できる人で、学校って言う画一的組織に違和感を覚える人が多いんじゃないでしょうか?アメフト問題みたいに古い体制に違和感あったりするんじゃないですかね?

 

 

 

ムダな校則、ムダな授業、ムダな会議
効率優先より一斉行動が優先される

 

 

 

 

 

 

やってらんねえ!自分のペースで好きなようにやらせてくれ!
って色んなものに対して思ってたんじゃないですかね。
もしくは振り返って思ったりするんじゃないですかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう思ったみなさん正解!

 

何の正解って、みなさんは違和感に気付けて行動出来る人です。
特にネットを使えて、自己実現を目指せるような人はその時点で正解。問題はあっても問題ない。その過程すらも楽しんで下さい。

 

 

 

 

さて、自己判断出来ない人はどうでしょう?
画一的・一斉行動に安心を覚える人、身の回りにいませんか?

 

 

特に僕は支援で働く人間なので、できないことを前提にどうやって生きていくのかを考えるのが多いです。古いシステムは時代にあわないかもしれないけど、必要とされてる理由も少しはあるのかな。

 

 

公教育、地域の公立学校は、親の社会的身分や本人の能力を問わず居住地域できまるので、ほんとレベルの差がハンパねえんすよ。地域の特性はあるけど、それでも差はあります。

 

 

かけ算できない子や一斉指示が理解できない子などなどたくさん居ます。そんな子たちが自分で考えて選べ!って言われるとどうなるんでしょうね。わかりません。

 

 

学校という呪縛とかカッコつけたこと言うとりますが、要は僕はその子たちを底上げすることに興味があります。自分で伸びれる人は思いっきり伸びてってください。その姿を見るのは大好きです。


支援が必要であれば利用しやすいように。端から見たら、つまらなくみえる慣習規則や仕事も、それがいいと思う人はそれでいい。

 

 

 

エリート層と底辺層が入れ混じる公立学校はカオスで面白いですよ。

 

でもはやく日本も、そういう選択肢が柔軟に選べるような教育システムになったらええのになー。とか改めて思いました。

 

 

 

 

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最近いい天気。ピクニックへいきたいぜ。
そんじゃーね